メディア・リテラシー教育の小学校高学年カリキュラム作成
−総合的な学習の時間における実践をステップアップし教科等を関連付けたカリキュラムへ
笠岡メディア・リテラシー教育カリキュラム開発研究会  中村ひとみ(*1)
高橋 伸明(*2)
笠行 和美(*1)
文箭   敏(*1)
前田 知之(*1)
高田 洋子(*3)
(*1)岡山県笠岡市立金浦小学校  (*2)岡山県笠岡市立中央小学校  (*3)岡山県笠岡市立神内小学校
《要  約》
 情報社会からの要請,そして子どもたちの実態を考えたとき,小学校高学年でメディア・リテラシー教育を実施する必要性を強く感じ,研究を開始した。

 61単位時間にわたる総合的な学習の時間の単元「マスメディア探検隊」を構想し,実践研究に取り組んだ。マスメディアからの情報を鵜呑みにせず批判的に分析できる力,そしてそれらを生かしながらメディアで表現していく力を育成するために,情報の受け手と送り手の立場を共に経験しながら学習を展開させていった。また合わせて「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表を作成。様々な方法で,単元の,児童の,そして評価項目そのものの評価も繰り返し実施した。その結果,児童のメディア・リテラシーに高まりが見られ,より適切な評価項目も掲げることができた。

 さらに,メディア・リテラシー教育をより効果的・系統的に実施するために,総合的な学習の時間だけでなく小学校5,6年の国語科・社会科と関連付けて取り組む「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成した。これによって,どこの学校でも既存の教育内容を生かした実践が展開できるようになるととらえている。

 以上のような実践研究を通して得た成果は,小学校高学年におけるメディア・リテラシー教育の普及・定着に寄与できるものと考えている。

1 研究の動機
 ひと頃流行語のようになった「援助交際」を,すべての女子高校生が経験しているかのような大人たちの視線に耐えられない,と言ったある女子高校生がいる。ソックスを買いに行くと「ルーズソックス」は置いていませんよと言われた女子高校生もいる。一部の流行がすべての高校生に共通したファッションのように捉えている大人たちがいる。流行に乗り遅れてはいけないと思う高校生もいる。メディアが伝える一部の情報をすべてと思いこんでいる一つの例を示したが,これは高校生だけに限らず小学生にも我々大人にも,枚挙にいとまがないほど似たような事例はある。

 本校の児童たちもまた例外ではなかった。例えばR子やK子たちは,時代を象徴するような女の子たちだった。人気テレビ番組や雑誌から抜け出てきたようなファッションであり言葉遣いであり態度であった。その昔モンローウォークが一世を風靡したが,まさに「コギャルウォーク」とでも呼ぶべき身のこなしで今の時代を生きているように思えた。青春を謳歌する姿は屈託がなく喜ばしいことであるが,メディアからの情報に振り回されてはいないかと危惧する面もあわせもっていた。またこの二人に限らず,多くの児童の日常会話の中にドキッとさせられるような人権感覚の欠如した言葉を耳にすることもある。それらは,バラエティ番組やコミック雑誌等の「笑いのネタ」から多分に影響を受けた発言であることが多い。

 では,これらの情報を伝えるメディアがすべて悪いと言えるだろうか。伝える情報に嘘はないのであって,受け取る側がそれをすべてと思いこんでいるところに問題が生じるのである。伝える情報は全体の一部を切り取ったものであり,伝えていない情報の方が多いのだということを,本来受け取る側が承知していなければならないはずである。しかし,これまでの教育で「メディアの見方や受け取り方」をほとんどの者は学んで来なかったし,そのような教育内容をことさら必要と感じる時代でもなかった。

 現代は言うまでもなく,「メディアが伝える情報を読み解く」力が必要とされている情報社会である。それどころか,従来情報の受け手でしかなかったごく一般の市民が,メディアを効果的に活用し情報の送り手にもなりうる時代である。子どもたちにメディアが伝える情報を注意深く読み解いたり,必要とあらば自らもメディアを活用して情報発信したりする力を育成することは,教育界に課せられた社会的な課題でもある。

 小学校高学年の子どもは,一般的には実に多感な時期を迎えていると考えられる。様々なマスメディアが伝える情報に対して敏感に反応し,子ども社会に居ながら大人社会の事柄にもいっそう興味・関心を抱く頃でもある。自我がより強く芽生え始める中学校期にさしかかる前に,「メディアが形作る『現実』を批判的に読み取り,メディアを使って表現していく能力」を育てる「メディア・リテラシー教育」をぜひ取り入れていく必要がある。我々はこのように考え,本研究をスタートさせた。

2 研究の目的
 1で述べたような情報社会の要請に応え,児童の「情報を読み解く力」を育てるために,本研究では次のようなことを明らかにしていきたい。

(1)メディア・リテラシー教育によって育てたい資質や能力を明らかにする。
 情報の受け手と送り手の立場を共に体験しながら展開していくメディア・リテラシー教育の単元を総合的な学習の時間に位置付け実践していく。その中で明らかになった成果や課題を分析しながら,「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」を明示する。

(2)小学校5,6年生の系統を考えたカリキュラムを作成する。
 (1)をふまえて,小学校高学年におけるメディア・リテラシー教育のカリキュラムを作成する。
このカリキュラムは,総合的な学習の時間の中でのみ実施するものではなく,学年・発達段階に沿った各教科等の目標や指導内容を考慮し,国語科・社会科等を関連付けた内容となる。メディア・リテラシー教育を普及・定着させていくためには,特別な大単元を組むことよりも,既存の教育内容を生かす範囲で取り組んだ方が有効であると考えている。これは各教科の目標を「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」の視点から分析し,整理したり関連付けたりすることによって明らかにできるものと想定している。

3 研究の方法
(1) 総合的な学習の時間の中で,マスメディアの情報を意識的に見たり自ら情報発信したりするメディア・リテラシー教育を実施し,小学生でも「メディアの情報を構成されたものとして建設的に批判する」基礎的な能力を培うことを試みる。その成果を生かして「情報教育の目標リスト(永野和男氏)」を基にした「メディア・リテラシー教育によって育てたい資質・能力表」を作成する。さらに,小学校における情報教育の中でメディア・リテラシー教育が実施できる根拠やその内容を明示し,実践の普及・定着に寄与していく。
(2) 小学校高学年のメディア・リテラシー教育カリキュラムを,総合的な学習の時間や各教科等を関連付けて実施できるような内容で作成する。そして各学校で既存の教育内容を生かした範囲でメディア・リテラシー教育が実践できるようにし,普及・定着に寄与していく。

4 研究の実際
 本研究の基盤となる総合的な学習の時間における実践を,以下のように実施した。
○ 単元名 マスメディア探検隊(総合的な学習の時間)
○ 実施時期 2001年6月6日〜11月16日
○ 対象 笠岡市立金浦小学校 第5,6学年児童 90名
○ ねらい
メディアは情報の一部を伝えているに過ぎず,伝えていない情報もあることが分かると共に,伝えている情報は制作者の意図により構成されたものであることが分かる。(情報の科学的な理解)
収集した情報からその正しさや必要性を判断したり,人権を大切にしながら責任をもって情報を発信したりすることができるようになる。(情報社会に参画する態度)
様々なメディアを効果的に活用しながら課題や見通しを明確にした学習を行うことによって,相手に分かりやすく伝える力や情報を収集・分析する力を高めることができる。(情報活用の実践力)

(1)第一次 テレビ観察と学習課題の把握

図1 第一次の展開
 毎日の平均視聴時間が3時間を超えるテレビのことを子どもたちはどのように捉えているのであろうか。まず「テレビのイメージ」を問うことから始まった(写真1)。多くの答えがテレビ番組のジャンルや番組名・番組出演者の役割名などであり,テレビの特性に関わるものは「映像と音」や「テレビ局」などわずかであった。

 次に,個々人が観察する番組を決めグループを作った。2日間の観察を経てその結果をグループ内で出し合い,気づいたことをまとめた。「他のジャンルの番組と違うところ」「作り方の工夫」「なぜそう作られているか」などの視点でまとめていったが,番組内容を楽しんでいる感想レベルのものは5年生に多かった。だが「テレビ番組」を分析対象として捉えて観察している6年生の感想に示唆を受け,5年生もテレビの何を観察すればよいのかに気づいていった。

写真1 テレビ観察を前に行ったカード発想法

 このような作業を通して観察の視点を明確にし,2回目の「テレビ観察」を1週間にわたって行った。観察グループは次の通りである。スポーツ番組野球,スポーツ番組サッカー,歌番組,ドラマ,アニメ,CM,ニュース,制作者,音,出演者,バラエティ番組。

 2回目の観察結果をグループ毎にまとめ,ミニ発表会で報告した。観察したテレビのジャンルは違っても共通する六つの視点,「映像と音」「カメラワーク」「笑い」「テレビ局」「視聴率」「CM」を導き出した。
こうしてテレビ観察から始まった8時間の学習を経て,学習課題を自らの手で子どもたちは見つけた。遠回りのようであるが課題を自分のものにするためには必要不可欠な学習であった。

 この後「かしこい視聴者になろう」という到達点を設定し,新たにプロジェクト学習が始まった。

(2)第二次 マスメディアの特性理解
 メディアの表現技法を学ぶために,子どもたちがいつも身近で見ているC

図2 第二次の展開
Mの分析を行うことにした(写真2)。題材としたCMの二つは,伝えたいことがはっきりしていること,メディアの表現技法が多く使われていることを考慮して選定した。また授業で使用するに当たっては,二つの会社からの使用許可(電子メール)を読み上げ,子どもに著作権の問題を意識させるよう配慮した。

 「宅配便」のCMに出てくるラクダについて,実際に空港へ連れて行って撮影していると思いこんでいる児童が数名おり,映像の合成について学習する必要を強く感じた。「ビール」のCMでは,様々な映像や音声の技法を複雑に組み合わせて,視聴者の購買意欲をそそるようにうまく作られていることに気づくことができた。

 また,同じ現象でも制作者が何を伝えたいと考えるかによって,切り取られる

写真2 CM分析やカメラワークの学習は一斉授業で
映像が全く異なってくることを理解させるために,教師が制作したビデオ作品を見せることにした。すなわち,同じ日の同じクラスの給食場面を撮影した二つの作品「楽しい給食」と「給食時間の手」を見せ,「制作意図」を読みとらせるために作品にテーマをつけるという活動を行った。さらに,民間放送連盟が制作したテレビ番組「てれびキッズ探偵団」を視聴し,ディレクターによって全く伝える内容が違う番組ができるということに気づき,番組はそれぞれ意図があって作られていることを理解することができた。

 「映像の合成」については,NHK学校放送番組「体験!メディアのABC」を視聴し,実際の映像と思って見ていた番組はいろいろな技術で加工されたもので,制作者の意図によって良く悪くも使われてしまう可能性があり,映像の技術をどう使うかは制作者のモラルにかかっていることを知った。

 さて,いよいよ本年度の課題の一つである「テレビ番組と人権」をどう取り上げるかという授業である。子どもたちがメディアの「情報と人権」について考える素材として,バラエティ番組の「笑い」を取り上げるが,特定のテレビ番組の是非を問うことに終始しないよう工夫する必要がある。そこで,パネルディスカッションという方法を用い,子どもたちの考えを引き出すことにした(写真3)。

 ある人気バラエティ番組を自分は「見続けたい」か「もう見たくない」か立場を明らかにしてその理由を説明するとともに,立場の異なる意見に耳を傾け,自分の意見と比較し考えの幅を広げていこうとする活動を行った。
<見続けたい>の立場 パネルディスカッション前の意見
このコーナーは協力すれば何でもできることを私たちに教えている。
人のために役立っているコーナーである。
視聴者を笑わせようと努力している。なぐる方もなぐられる方も納得してやっている。
笑いを取るためにしていること。仕事だからしている。視聴者を楽しませるのが目的。
この番組を話題にしてみんなとコミュニケーションがとれる。
<見たくない>の立場 パネルディスカッション前の意見
意味のないギャグばかり言う。まねをする人がでてきて,めいわくをかける。
人の失敗をネタにしているのはよくない。外見よりも心の中を変える努力を。自分ががんばらなくては。
おもしろければ何をしてもいいのか。まねをして人を傷つける。
暴力や音は笑いをとるため。でも,いじめはみんなに広がってしまう。
つくりごと,やらせ。うそっぽくていやだ。
上記はディスカッション前のパネラーたちの意見である。ディスカッション後にどう変わったか,またフロアーで聞いていた人たちはどのような意見をもったのだろうか。
  
写真3 パネルディスカッションの様子
パネルディスカッション後の意見例
見続けたいとか,もう見たくないとかは関係なく,正しい見方や判断ができるような視聴者になるために,パネルディスカッションを通して勉強した。これから,今日勉強したことをほかのバラエティ番組を見るときに役立てたい。<見続けたい>の立場A児
意外に見続けたい方の理由ももっともだった。さすがに見る人が多いわけだ。でも,やっぱりよく見てたら,見る人が少なくなると思う。あまり深く見ていなかったら,見たいと思うだろうけど,深く見ていたらいけないとこが見えてくるから,…とぼくは思うけど…。でも,かしこい視聴者になりたいな。<見たくない>の立場B児
 このパネルディスカッションを通して,子どもたちは特定の番組を見る・見ないという意志決定をしたわけではない。「番組に対する見方や考え方は人によって違う」という価値観の多様性に気づいたようである。ちなみに後日,パネルディスカッションで取り上げたバラエティ番組について「見続けたいか見たくないか」をたずねるアンケート調査を再度行ったところ,以前とほとんど変わらない結果が出た。

 視聴率については,元ニュースキャスターの下村健一さんの協力を仰ぎ,「番組制作のプロのお話」として下村健一さんの経験談を紹介させて頂いた。下村さんのお話は「雲仙普賢岳リポートをしたとき,専門家たちの見解と異なって大火砕流が発生するというリポートをしたが,番組の視聴率が低くて大勢の人に伝えることができなかったのがとても残念だった。本当に何かを人々に伝えることを目指しているジャーナリストにとっては,より高い視聴率を取ろうとするのは当たり前のこと」だというものであった。これをきっかけに,視聴率に対する

図3 第3次の展開

写真4 各ディレクターが制作内容をプレゼンテーション
子どもたちのマイナスイメージは大きく変化した。そして「もし反対に視聴率が高い番組でよくない情報を流したら大変なことになる」と視聴率についての理解を深めた発言も現れた。

(3)第三次 ビデオ作品・Webページの制作と情報発信
1) ディレクターを中心にグループ作り
 子どもたちは情報の受信者・発信者を体験するために番組制作とWebページ制作とを行うが,初めての経験に全くイメージがつかめないと考え,下村健一氏の報道番組と他校のWebページとを視聴することにした。その後,ディレクターを募集し,第1回制作会議を経て,各ディレクターが作りたいと考えている番組やWebページ制作への人員募集を行った(写真4)。その結果,6つのビデオ制作班と12のWebページ制作班ができた。

図4 ビデオ作品・Webページの制作過程(概略)

 ビデオ制作班は「私たちの金浦小学校を紹介しよう」というテーマで作品をつくることになった。Webページ班は「ビデオ班の活動を取材し紹介する」グループと「自分達のメディア・リテラシーの学習を紹介する」グループとができた。

2) 基礎を学ぶ
 ビデオカメラに触れたこともない児童たちは,NHK学校放送番組「体験!メディアのABC」の「ビデオの撮影」を視聴し,ビデオカメラの基本的な操作を学んだ。
 Webページ制作班は,同番組の「写真と文章」を視聴し,レイアウトの仕方やわかりやすい見出し,記事の工夫などについて学んだ。

3) 番組制作
 自分達が伝えたいことを絵コンテに表しながら,撮影活動が行われた。撮影したビデオを見返しながら,再度撮影を行ったり,インタビューの取り直しをしたりした。Webページ班からの取材を受けることで,番組制作の意味を問い直す場面もみられ,撮影には予想以上の時間と労力を要した。しかしそれだけに,自分達の伝えたいものも明瞭になっていった。

 そして,作品が完成する前に「審査会」を行い,制作者の自分達が気付かないことを他の人に指摘してもらおうということになった。ディレクターを中心に各制作班毎に審査カードの作成を行い,評価の視点を決めて審査を受けた。その結果を元に撮り直し・再編集・アフレコ等を行い,作品として完成させていった。

4) Webページ制作
 活動計画に合わせて,ビデオ制作班に取材を申し入れたり,今までの学習内容を振り返ったりすることからWebページ制作班の活動は始まった。ビデオ制作班を取材する班は「見る人に何を伝えようとしているのか」「そのためにどんなことを工夫しているのか」等ということに焦点を当てた質問を取材の中で繰り返し行うので,逆にビデオ制作班の取材意図を明確にするような効果も現れた。自分たちの学習してきたことを振り返ってまとめる班は,ワークシート等を綴ったファイルをめくったりインターネットを活用して新たに情報収集したりしながら,学習履歴のディジタルポートフォリオを作り上げる活動を展開していった。

 こうした制作過程で,1)活動時間ごとの自己評価,2)ディレクター自身が作った観点をもとにした児童の相互評価,3)特別審査員からの評価,4)Web上での電子掲示板等を活用した校外の方からの評価,を必要に応じて実施してきた。自分たちの伝えたいことがより明確に伝わるようなWebページにするために,様々な改良を繰り返し加えていった。(http://nob-taka.press.ne.jp/)


5) 学習成果を評価するペーパーテストの実施
 この単元を通して子どもたちに育てたい資質や能力を想定し,学習を展開してきた。そして,実際にどのような資質や能力を高めることができたのか,単元そのものの在り方を総括的に評価するためにペーパーテストを作成し対象児童全員に実施した。

ペーパーテストの設問例
あるローカルニュース番組で「町おこし」を取り上げて放映したVTRを視聴した後
(1) 番組制作者が伝えたいことは何か。
(2) それを伝えるためにどんなシーンがあったか。
(3) この番組を見た人はどう思うか。
ある化粧品(栄養クリーム)のコマーシャルフィルムを視聴した後
(1) だれに見てもらうために作っているか(性別,年齢,職業)。
(2) 何のために作られたか。
(3) これを見た人はどう思うか。
(4) 現実ばなれしているのはどんなところか。
(学習場面を想起させて)パネルディスカッションを通して,あなたはテレビの見方についてどんなことを学びましたか。
(学習場面を想起させて)あなたは視聴率について,どのように考えますか。
(ビデオ作品やWebページを作る際に)
(1) 相手に分かりやすく伝えるために気をつけることは何か。
(2) 相手の気持ちを考えて気をつけることは何か。

 テスト自体子どもの記憶力を問う目的ではないので,個々の学習履歴が綴られたファイルを見ながら解答する形式で実施した。例えば,上記の中で3〜5の設問は自分たちの学習活動そのものを振り返る内容であるが,各自がその学習場面を的確に想起することができたようで,高い正答率を得た。

 そんな中,1と2の設問は初めて視聴するVTRをもとに思考力・判断力を働かせて解答するものである。子どもの「情報を読み解く力」を実践的に評価できる設問として,その正答率に着目した。
設    問 正答例 正答人数
/被験者数
(1)番組制作者が伝えたいことは何か 音楽を通した町おこし 77/88
(2)(1)を伝えるためにどんなシーンがあったか 練習 インタビュー  等 73/88
(3)この番組を見た人はどう思うか 魅力 価値 参加意欲  等 73/88
(1)どんな人が対象か
               性別
               年齢
               職業

女性
30〜40歳代
OL 主婦

81/88
86/88
67/88
(2)何のために作られたか 商品を売るため 61/88
(3)これを見た人はどう思うか 買いたい使いたい 83/88
(4)現実ばなれしているのはどんなところか しわがいっぺんにとれる
街角の文化教室へ美女ばかり大人数集まる  等
63/88
 これらの設問は,参考資料1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表の「2)制作者は意図して表現技法を使い,映像を構成していることを知る。」について評価するものである。設問によって差はあるが,全体的な傾向を見ると非常に高い正答率をあげている。例えば第一次で「テレビ観察」をした際に,番組の内容を分析的に見ることができず記録用紙に「おもしろかった」「○○という芸能人が出ていた」等という表面的な事実しか記述できなかった児童が多数いた。このことを考え合わせれば,単元を通して児童の「情報を読み解く力」は相対的に著しく向上したことがうかがえる。

5 結論
 4に記したような実践研究を経て,以下のような結論を得ることができた。

(1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表を作成することができた。
 4で記した単元を展開する中で,あらかじめ想定していた「児童に育てたい資質・能力」に評価や修正を加えていき,参考資料1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表(高学年)が作成できた。ここに示した資質や能力は,単元構想によって大きく変更を要するものではない。したがって,一定の汎用性をもった基準表にもなり得る。

(2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成することができた。
 国語科・社会科等各教科の目標や指導内容を,「メディア・リテラシー教育で育てたい資質や能力」の視点から吟味することにより,参考資料2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成することができた。これによって総合的な学習の時間枠でのみ実施するのではなく,教育課程全般において取り組めるものとなり,メディア・リテラシー教育を普及・定着させていくことができる。

上記の結論を得るために,61単位時間の授業研究を行った。実験的実践であるため多くの時間を要したが,それだけに子どもは様々な体験活動や思考活動を行っている。それらを通して子どもたちが身につけた力は多岐にわたるとともに,確かなものにもなっている。それは,学習成果を評価するペーパーテストの結果に示した通りである。

 本研究の一番大きな成果は,子どもたちにメディア・リテラシーが身についてきたことであろう。また,試行錯誤を繰り返しながらの指導ではあったが,新しい研究分野に取り組んだ我々教師自身にメディア・リテラシーが身につき,指導力量を向上させることにも結び付いた。

 こうした研究成果は,現時点では我々研究グループ内の共有財産でしかない。今後はこの研究内容を広く世に問い,またメディアリテラシー教育の実践研究を多くの実践者・研究者と共に議論し合いながら進めていくことによって,教育界へふえんしていくものと考える。本研究の成果がもつ社会的意味は,いっそう高まっていくであろう。


6 参考資料
1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表(高学年)
■情報の科学的な理解
(映像メディアの表現技法)
1) 映像メディアには,様々な映像・音声の表現技法が使われていることを知る。
2) 制作者は意図して表現技法を使い,映像を構成していることを知る。
(情報と人権)
3) メディアの情報は,人権上問題のある表現を含んでいることを知る。
(メディアの特性)
4) メディアは独自の様式・芸術性・規則などをもっていることを知る。
■情報社会に参画する態度
(情報に対する態度)
5) 受け取った情報の正しさや自分にとっての必要性を判断したり,人に与える影響を考えたりして,視聴者としての自分自身の行動に生かすことができる。
6) 収集した情報や友達の発信する情報をもとに,自分が伝えようとする情報を改善できる。
(情報モラル)
7) 自分の発信した情報に責任をもつことができる。
8) 人権を大切にしながら,情報収集・情報発信をすることができる。
■情報活用の実践力
(表現)
9) 相手に分かりやすく伝えるために,文字の大きさや色に気をつけて紙資料を作製することができる。
10) 相手に分かりやすく伝えるために,写真・見出し・記事のレイアウトを工夫したり,文字の大きさや色に気をつけたりして,Webページを作製することができる。
11) 制作者の意図を伝えるために,アングル・明るさ・ピント・カメラワーク等に気をつけながら撮影したり,必要なカットを選択しながら編集したりして,ビデオ作品を作ることができる。
(メディアによるコミュニケーション)
12) 電話・ファクシミリ・電子掲示板・電子メール等を使って,専門家やゲストティーチャーに質問・取材依頼をすることができる。
(問題の発見と計画)
13) テレビ番組の視聴等を通して,疑問に思うことや課題を見つけ,学習の見通しをもつことができる。
14) テレビ番組等の特性を追究する過程で新たな見方や考え方と出合い,課題を修正したり追究方法を広げたりすることができる。
(情報の収集・分析)
15) 様々な情報機器を使って,自分が必要とする情報を収集することができる。
16) 集めた情報を比較し,制作意図にあった情報を選択することができる。
17) 賢い視聴者を目指した学習を生かして,情報を分析・再構成しながらテレビ番組やWebページを制作することができる。
(発信・伝達)
18) 視聴者・閲覧者を意識して,制作意図を明確にした情報発信をすることができる。
19) 自分たちが作った番組・Webページをネットワーク上に発信することができる。
(適切な情報手段の利用)
20) 目的を達成するために,どんなメディアが使えるかを考える。

2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」
第5学年 メディア・リテラシー教育カリキュラム
※表中の記載について−「  」は単元名,数字は育てたい資質・能力
学期 国   語 社   会 総合的な学習の時間
「新しいわたし」 2)6)
「依頼の手紙,お礼の手紙」 6)12)16)
「調べたことを整理して書こう」 9)16)
「わたしたちはこう考える」 18)20)
「読書の楽しさを伝え合おう」 6)7)9)
「あたたかい土地寒い土地 ビデオレター」 6)7)8)11)18) 「CM分析」 1)2)
「ニュース番組分析」 1)2)
「体験したことを分かりやすく伝えよう」 18)
「方言と共通語」 1)15)20)
「地球環境について考えよう」
     8)9)10)11)12)15)16)18)19)20)
「わたしたちのくらしをさ さえる情報」  3)5)6)7)8)9)10)11)15)16)19)          
「伝え方を選んでニュースを発信しよう」 1)2)4)6)16)17)18)                    

第6学年 メディア・リテラシー教育カリキュラム
※表中の記載について−「  」は単元名,数字は育てたい資質・能力
学期 国   語 社   会 総合的な学習の時間
「命とふれあう」 2)7)12)18)20)
「問い合わせの手紙」  12)
「効果を考えて書こう」  18)19)20)
          「テレビって何?」  3)4)5)6)13)14)
「話し合って考えを深め意見文にまとめよう」 5)7)8)
「言葉と文化について考えよう」  15)18)20)
「私の六年間」 18)20)
「15年にわたる戦争」 2)13)15) 「ビデオ作品やWebページを作ろう」  7)8)10)11)15)16)17)18)19)
「伝えたい何かを見つけよう」  6)7)8)15)                    

3)第5,6学年総合的な学習の時間「マスメディア探検隊」単元構想表(全61単位時間)
PDFファイル
(A4版6枚 約36KB)
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協 力 者 静岡大学情報学部情報社会学科・助教授 堀田龍也
東京大学社会情報研究所・非常勤講師 下村健一
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科・博士後期課程 駒谷真美
岡山県情報教育センター・研修課長 平松 茂
        
実施場所 岡山県笠岡市立金浦小学校
        
参考資料 菅谷明子(2000):
メディア・リテラシー −世界の現場から−(岩波書店)
   
市川克美(1999):
これが“21世紀の学力”だ!(明治図書)
   
堀田龍也(2001):
メディア・リテラシーと学力(教育開発研究所)子どもの学力読本p.43-46
   
下村健一(2000):
テレビ・ジャーナリストの仕事−TBS記者14年の経験から−(同志社大学社会学会公開講演会記録)http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/STUDENT/junior99/junior99-shimomura.html
   
永野和男(2001):
情報教育の実践と評価の方法(火曜の会メールマガジン) http://kayoo.org/mag/
   
NHK学校放送番組「体験!メディアのABC」 http://www.nhk.or.jp/abc/
   
民間放送連盟共同制作番組「てれびキッズ探偵団〜テレビとの上手なつきあい方〜」