メディア・リテラシー教育の小学校高学年カリキュラム作成 −総合的な学習の時間における実践をステップアップし教科等を関連付けたカリキュラムへ− |
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笠岡メディア・リテラシー教育カリキュラム開発研究会 中村ひとみ(*1) 高橋 伸明(*2) 笠行 和美(*1) 文箭 敏(*1) 前田 知之(*1) 高田 洋子(*3) |
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(*1)岡山県笠岡市立金浦小学校 (*2)岡山県笠岡市立中央小学校 (*3)岡山県笠岡市立神内小学校 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
《要 約》 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
情報社会からの要請,そして子どもたちの実態を考えたとき,小学校高学年でメディア・リテラシー教育を実施する必要性を強く感じ,研究を開始した。 61単位時間にわたる総合的な学習の時間の単元「マスメディア探検隊」を構想し,実践研究に取り組んだ。マスメディアからの情報を鵜呑みにせず批判的に分析できる力,そしてそれらを生かしながらメディアで表現していく力を育成するために,情報の受け手と送り手の立場を共に経験しながら学習を展開させていった。また合わせて「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表を作成。様々な方法で,単元の,児童の,そして評価項目そのものの評価も繰り返し実施した。その結果,児童のメディア・リテラシーに高まりが見られ,より適切な評価項目も掲げることができた。 さらに,メディア・リテラシー教育をより効果的・系統的に実施するために,総合的な学習の時間だけでなく小学校5,6年の国語科・社会科と関連付けて取り組む「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成した。これによって,どこの学校でも既存の教育内容を生かした実践が展開できるようになるととらえている。 以上のような実践研究を通して得た成果は,小学校高学年におけるメディア・リテラシー教育の普及・定着に寄与できるものと考えている。 1 研究の動機 ひと頃流行語のようになった「援助交際」を,すべての女子高校生が経験しているかのような大人たちの視線に耐えられない,と言ったある女子高校生がいる。ソックスを買いに行くと「ルーズソックス」は置いていませんよと言われた女子高校生もいる。一部の流行がすべての高校生に共通したファッションのように捉えている大人たちがいる。流行に乗り遅れてはいけないと思う高校生もいる。メディアが伝える一部の情報をすべてと思いこんでいる一つの例を示したが,これは高校生だけに限らず小学生にも我々大人にも,枚挙にいとまがないほど似たような事例はある。 本校の児童たちもまた例外ではなかった。例えばR子やK子たちは,時代を象徴するような女の子たちだった。人気テレビ番組や雑誌から抜け出てきたようなファッションであり言葉遣いであり態度であった。その昔モンローウォークが一世を風靡したが,まさに「コギャルウォーク」とでも呼ぶべき身のこなしで今の時代を生きているように思えた。青春を謳歌する姿は屈託がなく喜ばしいことであるが,メディアからの情報に振り回されてはいないかと危惧する面もあわせもっていた。またこの二人に限らず,多くの児童の日常会話の中にドキッとさせられるような人権感覚の欠如した言葉を耳にすることもある。それらは,バラエティ番組やコミック雑誌等の「笑いのネタ」から多分に影響を受けた発言であることが多い。 では,これらの情報を伝えるメディアがすべて悪いと言えるだろうか。伝える情報に嘘はないのであって,受け取る側がそれをすべてと思いこんでいるところに問題が生じるのである。伝える情報は全体の一部を切り取ったものであり,伝えていない情報の方が多いのだということを,本来受け取る側が承知していなければならないはずである。しかし,これまでの教育で「メディアの見方や受け取り方」をほとんどの者は学んで来なかったし,そのような教育内容をことさら必要と感じる時代でもなかった。 現代は言うまでもなく,「メディアが伝える情報を読み解く」力が必要とされている情報社会である。それどころか,従来情報の受け手でしかなかったごく一般の市民が,メディアを効果的に活用し情報の送り手にもなりうる時代である。子どもたちにメディアが伝える情報を注意深く読み解いたり,必要とあらば自らもメディアを活用して情報発信したりする力を育成することは,教育界に課せられた社会的な課題でもある。 小学校高学年の子どもは,一般的には実に多感な時期を迎えていると考えられる。様々なマスメディアが伝える情報に対して敏感に反応し,子ども社会に居ながら大人社会の事柄にもいっそう興味・関心を抱く頃でもある。自我がより強く芽生え始める中学校期にさしかかる前に,「メディアが形作る『現実』を批判的に読み取り,メディアを使って表現していく能力」を育てる「メディア・リテラシー教育」をぜひ取り入れていく必要がある。我々はこのように考え,本研究をスタートさせた。 2 研究の目的 1で述べたような情報社会の要請に応え,児童の「情報を読み解く力」を育てるために,本研究では次のようなことを明らかにしていきたい。 (1)メディア・リテラシー教育によって育てたい資質や能力を明らかにする。 情報の受け手と送り手の立場を共に体験しながら展開していくメディア・リテラシー教育の単元を総合的な学習の時間に位置付け実践していく。その中で明らかになった成果や課題を分析しながら,「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」を明示する。 (2)小学校5,6年生の系統を考えたカリキュラムを作成する。 (1)をふまえて,小学校高学年におけるメディア・リテラシー教育のカリキュラムを作成する。 このカリキュラムは,総合的な学習の時間の中でのみ実施するものではなく,学年・発達段階に沿った各教科等の目標や指導内容を考慮し,国語科・社会科等を関連付けた内容となる。メディア・リテラシー教育を普及・定着させていくためには,特別な大単元を組むことよりも,既存の教育内容を生かす範囲で取り組んだ方が有効であると考えている。これは各教科の目標を「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」の視点から分析し,整理したり関連付けたりすることによって明らかにできるものと想定している。 3 研究の方法
4 研究の実際 本研究の基盤となる総合的な学習の時間における実践を,以下のように実施した。
(1)第一次 テレビ観察と学習課題の把握
次に,個々人が観察する番組を決めグループを作った。2日間の観察を経てその結果をグループ内で出し合い,気づいたことをまとめた。「他のジャンルの番組と違うところ」「作り方の工夫」「なぜそう作られているか」などの視点でまとめていったが,番組内容を楽しんでいる感想レベルのものは5年生に多かった。だが「テレビ番組」を分析対象として捉えて観察している6年生の感想に示唆を受け,5年生もテレビの何を観察すればよいのかに気づいていった。
このような作業を通して観察の視点を明確にし,2回目の「テレビ観察」を1週間にわたって行った。観察グループは次の通りである。スポーツ番組野球,スポーツ番組サッカー,歌番組,ドラマ,アニメ,CM,ニュース,制作者,音,出演者,バラエティ番組。 2回目の観察結果をグループ毎にまとめ,ミニ発表会で報告した。観察したテレビのジャンルは違っても共通する六つの視点,「映像と音」「カメラワーク」「笑い」「テレビ局」「視聴率」「CM」を導き出した。 こうしてテレビ観察から始まった8時間の学習を経て,学習課題を自らの手で子どもたちは見つけた。遠回りのようであるが課題を自分のものにするためには必要不可欠な学習であった。 この後「かしこい視聴者になろう」という到達点を設定し,新たにプロジェクト学習が始まった。 (2)第二次 マスメディアの特性理解 メディアの表現技法を学ぶために,子どもたちがいつも身近で見ているC
「宅配便」のCMに出てくるラクダについて,実際に空港へ連れて行って撮影していると思いこんでいる児童が数名おり,映像の合成について学習する必要を強く感じた。「ビール」のCMでは,様々な映像や音声の技法を複雑に組み合わせて,視聴者の購買意欲をそそるようにうまく作られていることに気づくことができた。 また,同じ現象でも制作者が何を伝えたいと考えるかによって,切り取られる
「映像の合成」については,NHK学校放送番組「体験!メディアのABC」を視聴し,実際の映像と思って見ていた番組はいろいろな技術で加工されたもので,制作者の意図によって良く悪くも使われてしまう可能性があり,映像の技術をどう使うかは制作者のモラルにかかっていることを知った。 さて,いよいよ本年度の課題の一つである「テレビ番組と人権」をどう取り上げるかという授業である。子どもたちがメディアの「情報と人権」について考える素材として,バラエティ番組の「笑い」を取り上げるが,特定のテレビ番組の是非を問うことに終始しないよう工夫する必要がある。そこで,パネルディスカッションという方法を用い,子どもたちの考えを引き出すことにした(写真3)。 ある人気バラエティ番組を自分は「見続けたい」か「もう見たくない」か立場を明らかにしてその理由を説明するとともに,立場の異なる意見に耳を傾け,自分の意見と比較し考えの幅を広げていこうとする活動を行った。
上記はディスカッション前のパネラーたちの意見である。ディスカッション後にどう変わったか,またフロアーで聞いていた人たちはどのような意見をもったのだろうか。
このパネルディスカッションを通して,子どもたちは特定の番組を見る・見ないという意志決定をしたわけではない。「番組に対する見方や考え方は人によって違う」という価値観の多様性に気づいたようである。ちなみに後日,パネルディスカッションで取り上げたバラエティ番組について「見続けたいか見たくないか」をたずねるアンケート調査を再度行ったところ,以前とほとんど変わらない結果が出た。 視聴率については,元ニュースキャスターの下村健一さんの協力を仰ぎ,「番組制作のプロのお話」として下村健一さんの経験談を紹介させて頂いた。下村さんのお話は「雲仙普賢岳リポートをしたとき,専門家たちの見解と異なって大火砕流が発生するというリポートをしたが,番組の視聴率が低くて大勢の人に伝えることができなかったのがとても残念だった。本当に何かを人々に伝えることを目指しているジャーナリストにとっては,より高い視聴率を取ろうとするのは当たり前のこと」だというものであった。これをきっかけに,視聴率に対する
(3)第三次 ビデオ作品・Webページの制作と情報発信 1) ディレクターを中心にグループ作り 子どもたちは情報の受信者・発信者を体験するために番組制作とWebページ制作とを行うが,初めての経験に全くイメージがつかめないと考え,下村健一氏の報道番組と他校のWebページとを視聴することにした。その後,ディレクターを募集し,第1回制作会議を経て,各ディレクターが作りたいと考えている番組やWebページ制作への人員募集を行った(写真4)。その結果,6つのビデオ制作班と12のWebページ制作班ができた。
ビデオ制作班は「私たちの金浦小学校を紹介しよう」というテーマで作品をつくることになった。Webページ班は「ビデオ班の活動を取材し紹介する」グループと「自分達のメディア・リテラシーの学習を紹介する」グループとができた。 2) 基礎を学ぶ ビデオカメラに触れたこともない児童たちは,NHK学校放送番組「体験!メディアのABC」の「ビデオの撮影」を視聴し,ビデオカメラの基本的な操作を学んだ。 Webページ制作班は,同番組の「写真と文章」を視聴し,レイアウトの仕方やわかりやすい見出し,記事の工夫などについて学んだ。 3) 番組制作 自分達が伝えたいことを絵コンテに表しながら,撮影活動が行われた。撮影したビデオを見返しながら,再度撮影を行ったり,インタビューの取り直しをしたりした。Webページ班からの取材を受けることで,番組制作の意味を問い直す場面もみられ,撮影には予想以上の時間と労力を要した。しかしそれだけに,自分達の伝えたいものも明瞭になっていった。 そして,作品が完成する前に「審査会」を行い,制作者の自分達が気付かないことを他の人に指摘してもらおうということになった。ディレクターを中心に各制作班毎に審査カードの作成を行い,評価の視点を決めて審査を受けた。その結果を元に撮り直し・再編集・アフレコ等を行い,作品として完成させていった。 4) Webページ制作 活動計画に合わせて,ビデオ制作班に取材を申し入れたり,今までの学習内容を振り返ったりすることからWebページ制作班の活動は始まった。ビデオ制作班を取材する班は「見る人に何を伝えようとしているのか」「そのためにどんなことを工夫しているのか」等ということに焦点を当てた質問を取材の中で繰り返し行うので,逆にビデオ制作班の取材意図を明確にするような効果も現れた。自分たちの学習してきたことを振り返ってまとめる班は,ワークシート等を綴ったファイルをめくったりインターネットを活用して新たに情報収集したりしながら,学習履歴のディジタルポートフォリオを作り上げる活動を展開していった。 こうした制作過程で,1)活動時間ごとの自己評価,2)ディレクター自身が作った観点をもとにした児童の相互評価,3)特別審査員からの評価,4)Web上での電子掲示板等を活用した校外の方からの評価,を必要に応じて実施してきた。自分たちの伝えたいことがより明確に伝わるようなWebページにするために,様々な改良を繰り返し加えていった。(http://nob-taka.press.ne.jp/) 5) 学習成果を評価するペーパーテストの実施 この単元を通して子どもたちに育てたい資質や能力を想定し,学習を展開してきた。そして,実際にどのような資質や能力を高めることができたのか,単元そのものの在り方を総括的に評価するためにペーパーテストを作成し対象児童全員に実施した。 ペーパーテストの設問例
テスト自体子どもの記憶力を問う目的ではないので,個々の学習履歴が綴られたファイルを見ながら解答する形式で実施した。例えば,上記の中で3〜5の設問は自分たちの学習活動そのものを振り返る内容であるが,各自がその学習場面を的確に想起することができたようで,高い正答率を得た。 そんな中,1と2の設問は初めて視聴するVTRをもとに思考力・判断力を働かせて解答するものである。子どもの「情報を読み解く力」を実践的に評価できる設問として,その正答率に着目した。 これらの設問は,参考資料1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表の「2)制作者は意図して表現技法を使い,映像を構成していることを知る。」について評価するものである。設問によって差はあるが,全体的な傾向を見ると非常に高い正答率をあげている。例えば第一次で「テレビ観察」をした際に,番組の内容を分析的に見ることができず記録用紙に「おもしろかった」「○○という芸能人が出ていた」等という表面的な事実しか記述できなかった児童が多数いた。このことを考え合わせれば,単元を通して児童の「情報を読み解く力」は相対的に著しく向上したことがうかがえる。 5 結論 4に記したような実践研究を経て,以下のような結論を得ることができた。 (1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表を作成することができた。 4で記した単元を展開する中で,あらかじめ想定していた「児童に育てたい資質・能力」に評価や修正を加えていき,参考資料1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表(高学年)が作成できた。ここに示した資質や能力は,単元構想によって大きく変更を要するものではない。したがって,一定の汎用性をもった基準表にもなり得る。 (2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成することができた。 国語科・社会科等各教科の目標や指導内容を,「メディア・リテラシー教育で育てたい資質や能力」の視点から吟味することにより,参考資料2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」を作成することができた。これによって総合的な学習の時間枠でのみ実施するのではなく,教育課程全般において取り組めるものとなり,メディア・リテラシー教育を普及・定着させていくことができる。 上記の結論を得るために,61単位時間の授業研究を行った。実験的実践であるため多くの時間を要したが,それだけに子どもは様々な体験活動や思考活動を行っている。それらを通して子どもたちが身につけた力は多岐にわたるとともに,確かなものにもなっている。それは,学習成果を評価するペーパーテストの結果に示した通りである。 本研究の一番大きな成果は,子どもたちにメディア・リテラシーが身についてきたことであろう。また,試行錯誤を繰り返しながらの指導ではあったが,新しい研究分野に取り組んだ我々教師自身にメディア・リテラシーが身につき,指導力量を向上させることにも結び付いた。 こうした研究成果は,現時点では我々研究グループ内の共有財産でしかない。今後はこの研究内容を広く世に問い,またメディアリテラシー教育の実践研究を多くの実践者・研究者と共に議論し合いながら進めていくことによって,教育界へふえんしていくものと考える。本研究の成果がもつ社会的意味は,いっそう高まっていくであろう。 6 参考資料 1)「メディア・リテラシー教育で育てたい資質・能力」表(高学年)
2)小学校5,6年生の系統を考えた「メディア・リテラシー教育カリキュラム」
3)第5,6学年総合的な学習の時間「マスメディア探検隊」単元構想表(全61単位時間)
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